「あの男の子どもはあんた一人で十分じゃけえ」 悪の血統の呪縛
17歳遠馬の父はセックスのときに女をボコボコにします。遠馬はそれが悪だと認識しており,その血を引いていることを呪いながらも,やがて彼女とのセックス中に首を締め,娼婦とのセックス中に髪を引きちぎります。それを知った父は言います。「もっとやれ。いちど知ったら後戻りはできん。」
しかし遠馬はまだ抵抗します。自分の彼女がその父にレイプされたことをきっかけに話が動き,結果父は死にます。遠馬は彼女に「もう殴らない」と誓い,悪の連鎖は断ち切られたかのように,物語は終わります。
しかしこの話が恐ろしいのは,その後,遠馬が本当にセックス中に暴力を振るわなくなったのかわからないことです。むしろ何年か後には父と同じになっていても不思議ではないと感じてしまいます。
大昔に逃げた遠馬の母は,逃げた時身ごもっていましたが,堕胎します。
もし男の子であれば,あの男の子供になってしまうからです。母は「あの男の子どもは,おまえ一人で十分」と言います。
最後はその母が諸悪の根源である父を殺害します。根っこは断ちました。でも,「おまえ一人で十分」と言われた血はまだ残っています。しかも,自分自身の中に残っていて,一生逃れることはできません。母は大昔に父から逃げました。一緒にすんでいた琴子さんという父の愛人も,子を身ごもったまま逃げました。遠馬は街を出て行く事を考えていたけれど,結局留まることに決めました。街から出て行ったところで血からは逃げられません。遠馬はまた殴るんでしょうか。そして逃げた琴子さんの子は生まれるのでしょうか。男の子でしょうか。殴るようになるんでしょうか。ぼくは人格に対する遺伝の影響(先天性)についてかなり懐疑的ですが,それでも悪は大なり小なり遺伝しそうだなと思ってしまうところが恐ろしく感じました。
そして作品としてなにより驚異的なのはその情景描写です。
大雨の祭,丘の上の社。ウナギ釣り,その川に隣接する魚屋,魚屋の義手。文章だけなのに,まるで宮崎駿のアニメ作品を見た後のように,印象的な情景がいくつも心に焼き付きました。今年映画化されたようなのですが,こりゃ映像にしたくなるわけです。予告を見てみたらいい感じなので映画も絶対見てみたいと思います。
もう一つおどろきなのがその短さです。
もともと分量のない本だったのですがその真ん中くらいで終わりました(後半は別の話が入ってました)にもかかわらずこの世界観。続編がでれば100%読む作品です。たぶん殴ってると思うな。そして息子ができていて,遠馬とその息子でまた共喰いやるんでしょうね。恐ろしや。