「戦争を知る世代はもう消えた」 田中慎弥作「夜蜘蛛」まとめ

「戦争を知る世代はもう消えた」
キーワードは,戦争と天皇。

この話はまず自殺を切り口に構成されています。自殺の書物をきっかけに,著者に連絡してきたおじいさん。この人の独白が主体となっています。Aさんは子供の頃の自分の一言が父を自殺に追いやったと悩んでいました。そして最後には自分も自殺します。
もし実話であれば申し訳ないのですが,このAさんの悩み自体はそれほど面白い話ではないです。著者も最後のコメントで,考え過ぎであるといったようなことを記しています。

それでもなお,この話を読んで感銘を受けるのは,戦争と,天皇に対する認識の移り変わりをありありと表しているからです。

語り手であるAさんは1940年生まれで,この話の時点では(出版年の2012年を話の時点だとすると)72歳。
驚きなのは,この72歳のおじいさんが,すでに戦争を知らない世代だということです。もうそんなに時間は進んでいるのか!
考えてみると確かに,終戦は1945年なので1940年生まれだと終戦時に5歳だから,「戦争」の記憶はほとんどないでしょう。戦場に行って戦争を知っている世代は,少なくとも太平洋戦争開戦の1941年に(徴兵対象である)20歳と考えると,今はもう90歳をこえていることになります。

そう考えると,本当に戦争を知っている人というのはほとんどいないことになります。政治的には現在でも戦時の事件が話題になりますが,戦争を知る世代はもうほとんど消えてしまっているのです。

直接戦争を知らないとはいえ,Aさんはまだ,戦時の体験が強烈であったこと,父を含めそれを乗り越えてきた人たちが偉大なこと,そしてその人々が守ろうとした天皇という存在の大きさを信じています。しかしこのAさんの娘(1972年前後の生まれ。著者と同世代)になると天皇とは何なのかという世代になります。天皇が死ねば,なぜテレビ放送が自粛しなければならないのか?Aさんはそれに答えることができません。Aさんは直接知らないがまだ偉大さを信じています。しかし説明できません。そして娘の世代で消えてしまいます。

Aさんの父の世代では生き死にに匹敵するほど重要だったものが,たった2世代できれいに消え失せてしまいました。


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